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黙想会の感想黙想会の感想

東京 黙想会の感想② 2019年4月

「内面的な生き方 ~信仰を活かす生き方~」東京黙想会
聖霊修道院 マリア館 2019年 4月13日(土)~15日(月)
 

感想


JESUSと共に生きること“の必要性を感じた黙想会でした。
ありがとうございました。
JESUSが人間になられたことによって人間であるわたくしを相手にして下さっている。
わたくしは人間として価値ある存在として在る。
感謝の言葉以上によりよく生きる事が課題。
わたくしとJESUSが共に生きる事が静けさの中に在って、わたくしが臨んでいるのではなく、JESUSがわたくしに臨んでいる事ではないかと考えさせていただく。
JESUSと共に生きることが私のよろこび。JESUSのよろこびになるのかな?
(Y. O.)
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今回の黙想会は、日曜午後から月曜の朝までの中途半端な時間でした。
それでも来ようと思ったのは、10日前の出来事で自分のゴチャゴチャを少しでも整理したかったからです。来てみたらキッペス先生は別の会に出席されるため講話がなくなり、宿題にとり組む時間に変わっていました。
「自分とともに」自分の生活のヒントにするよう8つの問いにこたえ、最近体験したこと、それによって学んだこと、体験の元とは2時間の黙想のあと、分かち合いました。
分かち合ったあと、一人の方から「その体験の元は何なのか分かれば、スッキリしてこの黙想会が終えられるのでは?」と言われました。その日再び黙想のヒントを貰いました。
Doingの自分とBeingの自分がせめぎあっていたのがゴチャゴチャの元でした。
できる自分、認められたい自分(理想の自分)が自分をかき乱していたと気づきました。
キッペス先生がおられない時間の中でも、充実した時を共有でいたのは、継続を支え学んで来られた方達が支え分け与えて下さったお蔭であったと思います。
最終日“死と復活の記念”受け身ではなく共に活かし合うのがよかったです。
ありがとうございました。(A. A.)
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・道で出会合う方に挨拶をする。
・静かな時間をもう少し多く持つようにする。
この2点は今回私に与えられたイエスからの呼びかけです。
自分自身を解放する。そこにイエスが入ってこられて、イエスが私の中に広がる。私の思いではなく。イエスの思いになる。そして深い平安が訪れる。
道行く人に挨拶ができた時、私の中に喜びが沸き起こる。何故だろう・・・そこには“善い霊”が満ちるからだ。
そのようなことを感じた。(Y. O.)
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今回、久し振りに日程が調整できて、1日だけでしたが参加できることが幸せでした。
私は、28年前にイエスの友になりました。関係を育てていきたいと思っています。
キッペス先生の黙想会でいただいたプレゼントを、まわりの方や、私と出会う方にも分けていく事が、自分の役目ではないかと気付かされました。
あいさつ・声かけを通して、生きる姿を見せられる人になりたいです。(K. T.)
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今回は、静けさ。がとても私の心を占めています。
“挨拶”と同様、いつもおっしゃっていることなのですが、今回は“静けさ”がぐっと前面に出てきて、一番イエズスを身近に感じられる手段が、私には形式だけで、おろそかになっていたと思っています。
このことが私の顔を作り、私の人生を作り、そこから、神の道具としての私が、自分の使命を自覚して、何らかを他者に発信できるのではと思います。(A. F.)

私の思い(0) 日付: 2019年06月07日

東京 黙想会の感想① 2019年4月

「内面的な生き方 ~信仰を活かす生き方~」東京黙想会
聖霊修道院 マリア館 2019年 4月13日(土)~15日(月)
 

感想

まさに、今、自分が求めているのが、“信仰を活かす生き方”であった。
又、内面的な生き方も、今とても魅力的に写っていた。
仕事を一日休める(状態でもあった)ことも即座に決められた。
このような場所にいられたことに心から感謝です。
キッペス師のぶれない信仰、生き方をとても尊敬し、語られる一言一言をかみしめ、自分のこれからの生き方に、活かしていきたいと思いました。
懐かしい仲間に、何年ぶりかで会っても、すぐにうちとけられ、その雰囲気も夜のおしゃべり(分かち合い)も、とてもリラックスできました。
ありがとうございました。
チャンスがあれば、また参加します。 (K. Y.)
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Jesusに呼ばれて、参加できた恵みに感謝!
今回は「挨拶」が特に心に残りました。キッペス神父が「“挨拶”で関わる周囲の人々を変えられる」と話された時に、イスラエルでの挨拶「シャローム」を思い出しました。
長い苦しみの歴史で人々は、平和を願いシャロームと声かけ合う。
私も挨拶で関わる人々に心を開いて出逢えた喜びを伝えたい。 (H. Y.)
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黙想会に参加させて頂いたこと感謝いたします。
今回もキッペス神父様のあふれるような深い想いを感じ頂きました。
自分と共にいること、静けさの中で自分と共にいることで自分の内面を見つめ自分自身をよく知るという事でした。
自分が穏やかでない時、自分の中から湧いてくる自分の欠点と向き合う事は苦しい事ですが、自分の中にある様々な想いを受け取る事は、自分の成長する糧になると受け止め、認めることが出来ると自分が自由になっていくのを感じます。
自分自身を認め、行いを認めることで平安がもどってくるのはとても嬉しく思います。
他者と係わる時、少しでも係わる方がポジティブ考えになられるように願いながら係わりたいと思います。
自分自身を少しでも成長できることが出来れば私を作って下さった方が喜んで下さるのではないかと思います。
キッペス神父様、共に学ばせて下さる皆様、マリア館のシスターの方々に心から感謝いたします。ありがとうございました。 (I. S.)
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静かに黙想できたことを感謝いたします。
落ち着いて聖書を読み、その御言葉は心に深く浸透したように思えます。
聖書にこうあります。「人は風のように来て、風のように去っていく」と。又あるところでは、
「あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない」とありました。
聖書では人は、風、霧のように、よりどころのない、あてもないもののように表現されることがあるようです。しかし、その風のような、霧のよう内容ものであっても、霊的な存在で人に愛を与えたり、真理を伝えたりする者であることが大切です。
私達は永遠の一瞬に存在して、精神的実在によって永遠に記憶され、照らされる者であることを幸せに思います。 (M. A.)

私の思い(0) 日付: 2019年04月24日

東京 黙想会の感想② 2018年12月

多様性の中に生かされているわたくしと言う人間が、御父,JESUS、聖霊によって、生かされていることに感謝。
ひとり、一人の人間が違っていることは、他者によって、わたくしが生かされて学ばされている事。
唯一のわたくしを意識することの大切。
自分を生かす工夫が必要です。(Y. O.)
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「喜びのもとは何ですか?」 黙想会に参加させて頂き喜んでいます。
普通の日常の出来事の中に意味がある。意味をつかむには、静けさ、沈黙が必要、無言で語られる方の声を聴くことの大切さを教えて頂きます。
“忙しい”ということば。現実は、自己の弁護、弁解、ごまかしにつながっていることを感じます。
自己の心理状態が、スピリチュアルな自分からの逃げ道になっていることを理解しました。
体験したことの説明は自分の中にある。正直に自分が自分に認めれば自分なりに自分を許すこと、自分自身へのスピリチュアルケアの第一歩のように思います。
(Y. K.)
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参加したくても参加できない事情があって、今回参加させて頂いて嬉しく思っています。
私が唯一の存在であり、他者も唯一の存在であると理解させて下さいと「イエスの死と復活の記念」で祈られたこと一番に残りました。
私は義母を見送った時、若くして夫を亡くし、息子二人を育て見守ることに専念した小さな、小さな存在にも光が当てられていたことに気づかせてもらったと、すべての人にも光が届けられていると言いました。思っていました。
「すべて」という私の認識が、講話の中で「金氏」「安部首相」の名を上げていたことを思い出し“他者”が誰を指しているのか意識すること、すべの人が、すべてではなかったと再認識しました。
そのことをネガティブではなく、ポジティブに受け取りました。
多様性を認めることが、キッペス先生の体験と表情から魅力ある人になり変わるのを見せていただきました。
自分にこもりがちな私もよし、多様性に触れることにチャレンジしたいです。
(A. A.)
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これまで、初めから終わりまでフルに黙想会に参加したことはなかった。
環境的に,ぜいたくな事であったか、これまで以上に時間のない中参加する決心をした。
“忙しい”に逃げない の言葉は痛く胸にささった。
一日目終了時に「本物になりなさい、♪」キッペス先生。
唄声は貴重な言葉として心に届いた。
“自分の良いところを発見して喜ぶ、”ポジティブなことを進めて欲しい。
“イエスの内面性は広い、”良い、悪い、の評価なしで自分を見つめ直す等の言葉が心に残り、
ネガティブな面もポジティブにとらえ直すには訓練が必要と感じさせられた。
(Y. O.)
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日常のささいな事の中に、神様の配慮が盛り沢山に入っていることを、今回も目からウロコのように気付かされました。
最近は自分を客観的に見て、神父様のご指導の様に、生きたている。
つまり神様の愛や慈しみ感じて、愛されている自分と共に、深い時間を味わっていると思います。そして何よりも確固とした自分を愛し、神様に、そして、全て私の為にお祈りして下さっている方々に感謝し、未だ神様を知らない方々に、愛をこめてお近づきさせて頂いています。(T. S.)
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日々の雑多な忙しさの中で、自分を見失いがちな私を実感していました。
そんな中で、静かで安心できる雰囲気の中にひたりたいと思い参加いたしました。
お講話で、当り前の中に宝物を発見するように心がけるという言葉をいただきました。
身近ですぐに実践できると思いました。他にもたくさん気付きをいただきましたが、まずはこれを心にとめていきたいと思います。
ありがとうございました。(A. S.)

私の思い(0) 日付: 2019年01月25日

東京 黙想会の感想 ① 2018年12月

東京 黙想会 感想
2018年12月10日・11日 聖霊修道院マリア館

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 イエズス様からキッペス神父様を通して私たちに豊かな学びのプレゼントをありがとうございます。
 互いに癒し癒され、ほんものに触れさせていただく黙想会は魅力的です。でも、かなしいかな。修道院を一歩出て日常に戻りますと、世間にとっぷりの私は表面の顔とは裏腹に、無意識に自己中心的になってしまいます。今こういう自分自身の究明に向き合っています。また、“沈黙”という言葉の重さと必要性を今回ひしひしと感じました。
 “ポジティブな沈黙”にこれからはチャレンジして、憧れのイエズス様に喜ばれる人間に少しでも近づきたいと思います。(F. A.)
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 わたしのテーマは「これからの人生、生き生き 生きること」
 義母を送り、しばらくこれからのことを考えられない自分でした。仕事をするか、したいことをするか、又、何を学ぶかなど考えても前に進みませんでした。いや考えきれず、そのまま日常の忙しさにうもれていました。
 黙想会にくる時は、やっと来たのに、時間が過ぎるのが早く、あっという間に終わりになってしまいます。
 これからのことは、まだ決められませんが、来る仕事をていねいに行い、このような学びの時を、ゆっくり味わいながら、喜びを持って、生きたいと思います。(N. I.)
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 落ち葉がガサゴソと迎えてくれる。
  大きな木が黙って忍耐強くそこにいてくれる。
   広い心で受け入れて下さる有難さ。
 イエズス、イエスス 共に、イエスス、イエスス共に。
  歌声が内側で繰り返される。
   落ち着きと喜びが湧いてくる。
 私の道を共に歩んで下さる、イエズス、御父、聖霊に感謝。
 共にそれぞれの道を歩んで下さる方々に感謝。 (R. M.)
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 今回は一日だけ参加させて頂きました。
 神父様の深い処からあふれる講義を聞かせて頂き、新しい気付きを頂きました。沈黙は言葉、沈黙はすべて語っている、聞き取るのは人の課題、聞き取る耳を養はなければいけない。自分が自分なりに発見すること。聞き取る力を養わなければいけないと新しい課題を与えられました。
 自分が自分を生かせるためにチャレンジして、自分なりに工夫し発見する。そのためには、自分が逃げないこと、心したいと思いました。
 今回も又、活きる力を頂きました。ありがとうございました。
 キッペス神父様、共に学ばせて頂いた方々、マリア館のシスターに感謝致します。
(I. S.)
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 人の話を聞くことは、互いの信頼関係を築くうえで大切なことだと思いました。
 それは単に話を聞くことより、さらに人間存在そのものに対する尊敬を伴って聴へと進むことにより相手の心を受容する段階へと発展するのではないでしょうか。しかし、それには訓練と言うか技術も必要ですね。
 今回はその傾聴への思いを新たにしましたことは感謝します。
 日頃からこの感謝の言葉を口にすることを実行したいと思うようになりました。(M. A.)

私の思い(0) 日付: 2018年12月21日

東京 黙想会の感想 ② 2018年7月

「イエスとの関係」 東京黙想会 感想
聖霊修道院 マリア館 2018年 7月23日(月)~24日(火)
JESUSとの関係を深める。
JESUSが相手になって下さる時間の中で、自分が意識しない言葉を発している。
“JESUSはあなたにとって何ですか?”と、言う問いに、
自分で考えていた言葉とは違う言葉が無意識に内から出ていた。
“わたくしとあなたです。”

この言葉が今のわたくしとJESUSの関係なんだと確認でき感謝しています。
ことばは“言霊”だという事を改めて考えさせられています。
ドイツ語で“HAT”と言う言葉は、日本語の“心”と“心臓”と言う二語の言葉の意味があると・・・・・・。
現すことが出来ないことばを大切にしていきたいと思います。
♪感謝~感謝~ (Y. O.)
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自分自身、癒されている人が他の人を癒すことができる。
 神父様の言葉が深くしみました。
 自分と共に住み、歩んで下さる方。
 イエス キリストに信頼して歩みたいと願っています。
(Y. K.)
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自分とイエスの関係を少しでも明確にできるなら生きる力になると思う。
黙想会に参加させてもらってその都度、そのとき必要な力をいただいてきた。
イエスの名はギリシャ語、方言ではヨシュアと言う。その名前の意味は、「救いはここに居る」。
「ここに居ること」を心に刻みたい。解放されつつある自分自身を感じている現在、
自分自身であることを支えられ導いてくださるイエスに感謝。   
本ものの信仰を生きられるように大切な内容を現実の生活の例を通して、忍耐強く教え、
勇気を持ってチャレンジすること、共に考えて下さるキッペス先生に心から感謝。
(E. N.)
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イエズス様からキッペス神父様を通して私たちに豊かな学びのプレゼントをありがとうございます。
互いに癒し癒され、ほんものに触れさせていただく黙想会は魅力的です。でも、かなしいかな。修道院を一歩出て日常に戻りますと、世間にとっぷりの私は表面の顔とは裏腹に、無意識に自己中心的になってしまいます。
今こういう自分自身の究明に向き合っています。
また、“沈黙”という言葉の重さと必要性を今回ひしひしと感じました。
“ポジティブな沈黙”にこれからはチャレンジして、憧れのイエズス様に喜ばれる人間に少しでも近づきたいと思います。
(A. F.)
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今回が2回目の参加です。
前回の倍の方が参加され、新たな出会い恵みを感じました。
(神との出会いは、人数は関係ないけれど)いろいろな方とイエス様のお話をしあえることはよろこびです。
イエスが自分自身の中にあるというインスピレーションをいただけた瞬間があり、ありがたかったです。(A. F.)
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生命の危険がありますの、猛暑報道の中、私達の霊的生命を生かし、励ます為に、キッペス神父様には、お時間を提供頂き心より深い感謝を申し上げます。
限りある生命を生きている過程での、大きな、大きな出会いを神様にそして皆様に、また、私自身の勇気にも、有難うの気持ちです。
絶えず祈りなさい→信仰を頂く為に、聴く謙虚な心を頂く為に、そして神様を信じるために、そして観想の世界に入る為に!!
今の時代、こんなに、こんなに私達を愛して下さって居られるイエスを知らせるのに困難がある事が残念です。せめて、私達ではなく、私が本物のキリストの弟子になり、お慰めしたいと思いました。
さあ、これからも、明日も,生命ある限り、イエスを慕い、着いて行きたいです。(T. S.)

私の思い(0) 日付: 2018年08月28日

東京 黙想会の感想 ① 2018年7月

「イエスとの関係」 東京黙想会 感想
聖霊修道院 マリア館 2018年 7月23日(月)~24日(火)


 今回の黙想会に参加し、「沈黙の中で生きる」ことを深く学びました。
キッペス先生の「ことばが私の中から流れて行ってしまう」とちょっと感じていましたが、自分自身を育てるには、内面を充実させるには、「Retreat」にぎやかな所から離れ、自分自身となり、内なる声を聴く、まず、自分の力でやっていくこと。それが私をケアすることでもあると思いました。黙想会だけが「Retreat」ではなく、日々の中にそういう生き方を身につけていくことが今、大切なんだろうと学びました。
 沢山の情報、問題、するべきことに私の生活は溢れています。何を選択し、何を価値あるものとするか? どうやって私をリラックスさせ、エネルギー切れを予防するか?課題も見えてきました。
 私は「どう生きたいか?」まだ答えは出ませんが、今与えられていることを、一つ一つ終わらせながら、考えたいと思いました。
 ありがとうございました。(I. N.)
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 7月23日、24日の2日間、久しぶりでのパストラルケアの黙想会。キッペス先生の講話を聴かせて頂くにつれて、「ああ、この場所は私が新しく生まれ変わった場所、生まれ変われた場所なんだ。」と心の底から感じました。
 臨床パストラルケアに出会ってなければ、洗礼を授けて頂くことも考えられなかったと思うし、キッペス先生に出会う事、又、研修生の皆様に出会う事もなかったと思います。淋しいかぎりです。
 私は石巻の地で、社会的弱者といわれている方、なかなか、ほんものの人生の道を歩めない方々など、日々、出会う中で、私自身、ほんものの自分になれるよう日々、チャレンジ精神を大切に 聴かせて頂く事を基本に、聞かせて頂く事を基本に、寄り添いの時も過ごしていきたいと思いました。
 キッペス先生から沢山の宝石の言葉を頂きました。(S. S.)
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 キッペス神父様の奥深い、あふれ出る講義を聞かせて頂いた2日間でした。
 ・始めにイエスに出会う事。イエスを見る目と言われた事。自分がイエス、隣の人がイエス。相手はみんなイエス。自分がイエスと言うことは、自分で自分を受け入れることであり、他の人も受け入れる事であり、日常自分の中に心して生活しなければならないと思った。
 ・聖書の中の一つの言葉を自分の中で考え続けることにより、自分のものとして受け入れる事が出来る。
 ・沈黙を大切にする。沈黙には力がある。このことをお聞きしてとても力になりました。私は、部分が毎日沈黙の中にいます。何時もいただいている力はどこから頂いているのかと思っていました。沈黙の中から頂いていると明確になり大切にしたいと思いました。
 ・空っぽになりなさい。望んでいない人に会った時、空っぽでなければ受け入れられない。心に残りました。
 ・佐藤さんの自分自身になると体験を話して下さった事はとても力を頂きました。

 今回も沢山の力を頂きました。明日から新しく生きる力を頂きました。感謝いたします。
キッペス神父様、一緒に学ばせて頂いた方々、シスター方々に心からありがとうございました。(S. I.)

私の思い(0) 日付: 2018年08月01日

鹿児島 黙想会の感想 2018年5月

 黙想の感想を書く前に、目を閉じ出てくる言葉を書いてみた。
 余裕、イエスは小間使いではない、不思議がる心、味わうこと、多様性・・・が、出てきた。まず、余裕のない私がいて、いつも朝、夕の祈りの中に「主よ」と、頼み事ばかりしている私。
 不思議がる心は、娘のことを思い出した。彼女は、勉強するかたわら「不思議、どうしてこうなんだろう」と、よく言っている。それを思い出した。
 色々な事に意味があり味わうことの大切さ、人は皆同じではなく、色々な考えや行動の中で生きていく。理解に苦しみ、つい関係を断ちたくなる時がある。しかし多様性を生きるために、理解しようとする心が必要なんだと感じた。
 私はまず、私の生き方の中にその日の生きる目標を持ち、毎日の出来事を味わいたい。
 今まで生活の中で、聖書を開く事もあまりなく過ごしてきた。しかし、聖言葉を味わいたいと願い、私はどの様に私自身が変わっていくのか楽しみになってきた。
 久しぶりのキッペス神父様の黙想会に参加でき、味わいを知る事ができた。
 有り難うございます。
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 “ 私は、道、真理、命である” 私は、あなたがたを友と呼ぶと、数日前のミサの中で語って下さったイエスの御言葉を思い出した。
 聴くことの大切さ、寄り添うことの大切さ。うなずくこと、また私にとって目の前のあなたは大切な人と、心から相手に伝えること。五感、聖霊の力を借りて、自然の中に移り変わってゆく様子の中に、一瞬一瞬を大切に受け取り、生かして生きる。
 まず、自分自身に目を向け、自分を理解できること。私が私になるために、成長し共に生きることができる私になるために、目の前の人を生かし、また生かせてもらえる よい関係よい出会い、よきサマリア人となる事、そのためには自分自身を育て、また育ててもらうこと。
 すべてに感謝!! いつも喜んでいなさい、たえず祈りなさい、すべてのことに感謝しなさい。
 PS: 今日も御聖堂に、レヒナ神父様をみつけることができました。
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 悪魔を意識して区別する。楽にならないことに意味がある。
 目の前の人は、神に創られた人。目標と手段を区別する。信仰の目的は永遠に生きる事。相手に生かす言葉を伝える。これらの事が、心に何かを感じた言葉でした。たぶん今の自分の課題だと思います。そして、どれも毎日に生かせる事であるのが、日々の希望であり元気が出ます。一つ一つを、日々に活かす努力を続けていきます。
 キッペス先生が伝えてくださることは、日々を幸せにする道へ通じる言葉です。改めて、書きながら感謝の気持ちが湧いてきます。
 キッペス先生、毎回有り難うございます。
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 ひさしぶりの参加に、今まで何回か一緒に学んだ方々と、親しく勉強させてもらい、嬉しい黙想会でした。
 イエズスの多様性に驚かされ、唯一の自分を認め育むことは生涯のテーマです。神秘を味わい責任のある自分になれるように励みたいです。
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 これまで黙想会で、ご一緒されたお二人の方が旅たたれる。
 「イエスは友」に、死とは移り変わることであり、消滅ではないと、死のとらえ方の考察を、キッペス先生が書かれていた。先に旅たたれた方々の最後の言葉や、静かに旅立ちを受け入れ生きられたことに、教えられることも多かった。
 黙想会では、これらのことと、存在の受取り方を意識的に心のセンサーを働かせて、メッセージを受け取ることができる様、ご一緒させて戴いた。
 ありがとうございました。
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 とても豊かな時間を共に過ごさせて頂いて、ありがとうございました。
 黙想会のはじめに、「生きる目標をみつける」という話をしていただいて、黙想会の間ずっと考えていました。静かな時間の中で、パッと思い浮かんだのが「奉仕」という言葉でした。
 家族に対しての奉仕、病気の人への奉仕、その時に出逢った人を大切にして、本当の意味で、相手のためになることを考えながら、生きていきたいと思いました。
 本当に、ありがとうございました。

私の思い(0) 日付: 2018年06月05日

東京 黙想会の感想 2018年2月

「イエスとの関係」 東京黙想会
聖霊修道院 マリア館 2017年 2月18日(日)~19日(月)
 

感想


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JESUSに呼ばれていることを再確認させていただきました。
何のために呼ばれているか?
自分の中にある(いて下さるJESUS)を生きる事。
わたくし自身を生きることが祈るJESUSであることを戴きました。
JESUSの望み,JESUSの思いが、一人ひとりの中に在ることによって、
JESUSの望み、思いがこの世界になることを希望し、期待しています。
悪の意味は?
JESUSを邪魔する悪がある。
自分の中に在るその悪に意味があとするなら、JESUSをより強く生きる力になるのではないかと考えさせられました。
JESUSをプレゼントして下さっているKIPPES師に感謝!(Y. O.)
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「イエスとの関係を再確認する時」を頂けたことに感謝します。
聖霊のはたらきをとても意識させられました。
目標と方法、妨げになることを明確にした後、すぐに困難が生じ、もがいた。ただその中に、静かに居られる自分を感じていた。感謝です。
イエスを一人ひとりの内に見る目が大事というキッペス先生のすすめは善いものを発見する心の目が養われます。日々の生活の中で敏感になれますように。
(E. N.)
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キッペス神父様の講義の中で強く今回心に残っていることは、
・はっきりわからない道が本物の道
・不思議がる心を育てる
・自分が自分に正直になること
・自分が今できることを工夫して生きる
はっきりわからない道を信じて歩くことが本物の道を歩くことになるのだと御父、イエスス、聖霊を信じて歩く時見守って下さっていると信じます。
どんな道か自分にはよくわからないので、困難にあっても逃げないことにしたいと思っています。
不思議がる心は育てなければ不思議と思わない自分があります。これからも育てることが出来るよう努力したいと思います。
自分が自分に正直であることは自分の中で少しずつ出来ているように思いますが、気がついていない処があると思います。これから課題です。自分が今出来る事を工夫しながら生きることは、その様にさせて頂いています。
今回も沢山の力と刺激を頂き、生きる力を沢山いただきました。感謝いたします。
キッペス神父様、ご一緒に学ばせて頂いたお仲間の方々、シスターの方々ありがとうございました。(I. S.)
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前回の黙想会から、今回の黙想会の間、また沢山のことがありました。
流されているようですが、自分の中に「これはこうあるべきだ」というものが私の中に、芽生えてきていることを感じます。
「体験し失敗する所に学びがある」とキッペス先生が言われます。
それは、私の人生すべてのように感じます。自分の弱さを認め、そこから何をつかめるかはこれから先の事ですが、何があってもキリストと共に自由な人でありたいと思いました。
追加:善と悪をきちんとやってほしい。又、メンバーの皆さんとの出会いも、私にとっては、とても励みになります。
ありがとうございました。(N. I.)
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初めてのキッペス先生との黙想会でした。
始めるにあたっての目的、それについての糸口を見つけられたことは大きな歓びです。
目的を書いたときは、実際はどう果たされるのだろうと、楽しみよりは不安というか自信がありませんでした。
しかし、お話を伺い、自分に振り返っていく中で、道筋が見えてきました。そのとっかかりは、キッペス先生が、トランプ氏や安倍晋三氏についてどう自分たちが関わっていくかを述べられたことです。
批判したらもっと悪い面を引き出してしまうのだということ。自分にとって「受け止め難い人のために祈る。」という事はよく言われることですが、自分にとって現実味が今までありませんでした。まず、相手を理解しようとすることからはじめることにしようと思います。
他にもたくさんの発見がありました。(放蕩息子の例えの意味など)どうもありがとうございました。
新参者を暖かく迎え入れてくれたことにも感謝。各々の方とも心の触れ合いを感じられたことにも感謝しています。(A. F.)
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齢をとられる いやおうなしに!
齢を取る   御手の中で「!
       受け取ること!
       受容!!
手離す
にぎらない若い時は自分の意思で
選択できるかも?
修業出来るかも?
実行できるかも?
訓練、鍛錬!!
自分自身を受け取り、感謝して受容する。自分の分を生きるのは希望であり、喜びです。・・・伝えたいです。(Y. K.)
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私の思い(0) 日付: 2018年03月27日

黙想会の感想 東京黙想会 2017年7月

「イエスとの関係」 東京黙想会
東村山 祈りの家 2017年7月21日(金)~24日(日)
 

感想


 キッペス神父様がいつもと変わらず、熱心に講義をしてくださって力を頂きました。
 信仰そのものが神秘である、神秘は説明するものではなく神秘を生きる事。自分の中に強く残りました。
 イエススの多様性を生きることで、その都度、考え歩めば道が開けてくる。困難にあっても信じて歩くこと等、生きる力を頂きました。
 私にとって皆さんと一緒に学ぶことは刺激を頂く大切な時間です。新しい気持ちで生活できることを感謝しています。
 キッペス神父様、お世話をして下さった方々、一緒に学ばせて頂いた皆様、シスターの方々に感謝致します。
(Sさん)
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 ・自分の中に既に与えられている内在を掘り起こし、育てることが信仰を生きる事ではないかと気付かせていただきました。
 ・JESUSとの関係は、他者との関係による事を改めて感じさせて頂いた。
 ・自分自身になる場でもあり、信仰を生きるヒントが多々あり、他者との関係によって、より自分が信仰を生きる助け、支え、JESUSに祈りを捧げる自分を意識させていただき、この場にいさせていただけたことを心から感謝いたします。ありがとうございました。
(Oさん)
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 生きて自分の歴史を刻むこと、このことが目標と思います。
 信仰は神秘、聖書は信仰の書であり、全てが神秘と受け取りました。
 過去・現在・そして未来も、人間の善と悪、全ての営みが、神秘と感じられます。
 自分の考えを持っている人は、自分の考えを持っているイエス。
 苦しんでいるイエスは、分かってもらっていないという内在のイエスの表れ。
 自分のイエスをもって生きるなら、イエスの多様性が生まれてくる。多様性を認めて生きること、認めることは赦すこと。赦すことの、大きなテーマ―が与えられました。
 キッペス神父様有難う御座いました。
(Kさん)
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私の思い(0) 日付: 2017年08月07日

黙想会の感想 鹿児島 2017年7月7日~9日

 霊的な指導を受けることが少ない私は、教会司祭や権威を持つ方々から社会的な活動を政治的と判断され、又長年の信徒使徒的活動をする信徒協をなくす教区の意向に、カトリック教会の偏狭さを感じ失望してました。 そして、私自身の信仰は、本当にイエス・キリストとの出会いがあり、内的呼びかけに答えてのものなのかという根本的な問いを抱えて伺いました。
 キッペス神父様のお話は、一貫して生きた信仰、生きておられる主イエスをどう伝え、証しして生きるのかのお話で、深いところでの主との交わり、霊に生かされた心に届く言葉をたくさんいただきました。スピリチュアルケアが、どういうものかも少しずつ理解できて、人を解放してゆくものだと感じました。
 人間は本当に霊によって生かされている存在で、その方自身の心に働く望みを本当に理解し、共に歩むことなのだと思いました。
 生活の中で、私の本当の深い望みに心を開き、ありのままの自分を差し出し、対話していきたいと思いました。イエス様への信頼が私を導いて下さると確信しました。
(N・Tさん)
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 イエズスという名前から、その由来、意味を教えていただきました。当たり前に、知っていたはずのその意味もわからないまま来ていたことに、気づかせていただきました。
 黙想会に参加できた事も、イエズスからの贈り物だと感じています。これから生きる中で、くじけそうな時信仰が揺らぎそうな時、世の中の価値観に押しつぶされそうな時、力となってくださいと、心から祈れそうな気がします。
 イエズスは、今、生きる上で希望となれます様に。
 イエズスを、証しする生き方が、出来るよう力となって下さい。
 黙想会に参加した方々と、「ともに生きている」その事が、支えとなっています。
(M・Tさん)
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 1日だけの黙想会ではありましたが、久しぶりに静けさの中に身を置き、さまざまな自分の内面と向き合うことが出来た様に思います。
 人の開放というものは、自らの内にあるのではなく、日々気づき育てていかなければなないのだと、つくづく思い知った様に思います。自分自身が、どのような状況にあろうとそれは、続いて行くのだと思うしだいでした。
 つい、私達は、心配やネガテイブなことを課題にしがちですが、輝いて生きることに導かれた様に思います。
(R・Sさん)

私の思い(0) 日付: 2017年07月25日