黙想・瞑想

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誓い 毎月の黙想 2018年2月

誓い


 今月9日に開会式が行われたピョンチャンオリンピックは今競技の真っ最中です。選手やコーチだけでなく、各国の国民は緊張し、メダルを獲得できることを熱望している。だがその前に、オリンピック開会式で選手代表が宣誓した誓いを果たして守るかどうかが人々の関心事になっているでしょうか。私にとって宣誓すること、そして誓いそのものは重大な課題と考えています。決められた宣誓文ではなく、自分で考え作成した誓いを立てるのが健全であり、そのことは日々の生活にも影響し、人生の方針や力が与えられる可能性は大きいのではないか。決まった誓いの言葉は何か問題になったとき、果たして自分の生き方を見直すような方向付けを与えうるだろうか。「洗礼の約束」、「医師の誓い」、「婚姻の誓い」などの誓いについて考えさせられている! と言うのは信仰を捨て、医師が命を止める行為(例:堕胎)、離婚の数はそれらを物語っているからだ。私事だが、過去に自分が誓ったことを反省している。「自分の言葉で誓えたらよかった」と。


 今月、創造主に対する約束を反省する時期(機会)が始まる。その機会が与えられるのは自分のアイディアではない。だが他力によって決められた機会であっても逃さずに掴み、活かそうとするなら、自分の内面性をグレードアップする機会になり得る。単純なくり返しであるならあまり意味や生活のグレードアップにはならないだろう。


 私はネガティブな事柄よりもポジティブな項目を中心課題にすれば張合いが生じるのではないかと思う。オリンピック選手や受験生などは自分の弱点よりも、自信を持つことにウェイトを置けるとよいのではないだろうか。私の大学の試験の場合はまずよく寝ること、食事を摂ることを中心課題の一つにした。今回、内面性を整理する時期に「あたりまえ」のように考えている事柄を中心課題にしたいのである。具体的には、


・息を吸うこと、
・内臓の働き
・睡眠のパターン、目が覚めること(トイレに行きたくなる)
・歩けること
などは当たり前なこととしてではなく、不思議なこととして味わうこと。それに加えて自然科学的なデータを調べることも入るが、中心課題は「不思議がること」である。データはあくまで(大切な)手段であっても、中心課題ではない。


 ちなみに信徒(イエスを信ずる人間)はまず、「罪人」ではなく、「イエス・キリストはご自分の命を残酷な十字架に架けられても惜しまずにその命を提供してくださったほど」値打ちのある者です。イエスが私たちを大切にしていた/いるなら、私たちも最小限であっても人を大切にしたい。まず「挨拶」から始めたいのです。


 パウロのことば(勧め)は今の時だけではなく、人生そのものをギフトとして有効に使えるヒントを与えてくれる。


・競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。*1

・また、競技に参加する者は、規則に従って競技をしないならば、栄冠を受けることができません。*2

・ こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。*3

 これらの言葉は希望と勇気のもとになりうる。だが自分自身の決断が中心課題!
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 誓いはセレモニーではなく生き方(人生)を左右される重要な要因である。


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1: 一コリ 9:25
2: 二テモ2:5
3: ヘブル12:1

私の思い(0) 日付: 2018年02月14日